推しの仕事を推せない

箸が転んでもかなしい、という時期がある。わたしは元来陰気なたちなので、月のほとんどがその時期にあたるんだけれど、きょうもきょうとてそんな気分だった。

職場のひとらと折り合いがつかず、頼まれた仕事の目途もたたず、途方に暮れ涙ぐみながら、休憩時間中にSummer Paradise 2017のBlu-rayディスクを楽天ブックスで予約した。

ランチに入った中華料理屋(主菜の大盛りが無料でご飯も食べ放題なので、たいして美味くはないが気に入っている)の店員さんには、おもいっきり怪訝な顔でみられた。確かにわたし不審だったとおもう。ごめんね店員さん。

さて、Summer Paradise、通称サマパラとは、普段はグループで活動をしている某事務所所属の若手アイドルが、それぞれにソロコンサートを催すイベントで、ここ数年、わたしの推し――もといわたしの唯一にして最大の希望である中島健人さんも、参加していた。特に昨年のサマパラは思い出深い。数年ぶりに中島健人さんと再会を果たした、特別な現場だったからだ(「再会」にいたるまでの経緯とか、そもそもどうしてそれが「再会」になるぐらい離れていた時間があったのかとか、そのほかもろもろの事情はまた追々書きたい)。

ひるま、サマパラをおもって情緒が乱れてしまったのは、仕事がしんどいとか、生活がしんどいとか、そういう理由もあるけれど、いちばんこたえたのは、今年のサマパラに推しが出ないこと。どうして今年のサマパラに推しが出ないのか、その理由はなんとなく分かっている。

推しの所属するグループが、24時間テレビのメインパーソナリティーに選ばれたからだ。


はっきり言って、わたしは推しに24時間テレビに出てほしくなかった。これを書きなぐっているいまも痛切に感じている。出てほしくない。いまからでも遅くないから嘘だと言ってほしい。いや、そもそも24時間テレビという番組そのものが消えてほしい。

アイドルを好きでいて――特にジャニーズを好きでいて――つらくなる瞬間というのは、残念なことに、正直たくさんある。事務所の体制がアイドルをぜんぜん守ってくれないものだったり。アイドルたちの関係に濃密なホモソーシャルの雰囲気を感じてしんどくなったり。ファンコミュニティのなかで、ヘテロセクシュアルではないじぶんの居場所が、どこにもないと感じたり。

そのなかでも、この「24時間テレビ問題」は避けては通れない深刻な問題のひとつだ。

 

ほんとうは、わたしだって推しのすべての仕事を推したい。推しがこの仕事をうけてものすごく喜んでいることを知っているから。推しは常々「トップをとる」という趣旨の発言をしているけれど、24時間テレビの仕事が、「トップをとる」ためのステップになるって、なんとなく分かるから。だからこそ、推しの夢に、推しの目標につながる仕事を応援したい。応援したかった。

けれども、わたし自身の思想、信条に照らして、「24時間テレビ」的なものを認めることは到底できない。

「ひたむきに頑張る障害者」のすがたに涙する「健常者」。おぞましいにもほどがある、とおもう。「感動」を消費するコンテンツとして「障害者」を動員することは、いっけん「障害者」に歩み寄っているかのようにみえて、実態はその真逆だろう。

ほんとうに考えなければいけないことを考えなくてすむように、「健常者」にとって都合のいい部分だけを切り取って、「障害者」を「感動」コンテンツに仕立て上げる。端的に言って反吐が出る。

わたしは専門的にこの分野の勉強をしてきたわけではないけれど、「マジョリティ」を脅かすことのない「マイノリティ」だけが生存を許されるのは、ちゃんちゃらおかしいとおもう。

「マジョリティ」が認めようが認めなかろうが、「マイノリティ」は存在している。そもそも、誰かが存在することに対して、他の誰かの許可なんているかよ、というはなしなのだ。

 

このように悪名高い(とわたしはおもっている)24時間テレビでは、毎年、さまざまなジャニーズのアイドルがパーソナリティーを担当してきた。これまでじぶんの好きなアイドルたちが、24時間テレビの「感動」ノリを強いられているすがたをみて、わたしはただただしんどかった。

いや、「みて」と言ったけれど、実際、ほとんどみていられなかった。企画やドラマのコンセプトもひとつひとつが漏れなく地雷だし、マラソンにいたってはシンプルに意味が分からない。それにそもそも24時間ぶっ続けで生放送するという形態もどうかとおもう。推し、生身のにんげんなんだよ!!生きてんだよ!!頼むからこれ以上無理させないでくれよ!!!!!!!!

とはいえ、ここまで散々文句を言ったのに、いざ放送当日になったら恐る恐る番組をみてしまっていそうな予感もして、いたたまれない。だって推しはみたい。けれども絶対に嫌な思いをするということは分かっている。いくら推しが全力を注いでいる仕事だからといって、わたし自身の思想信条をまげてまで許容することはできない。でも、なによりも「アイドル」として働いている推しのすがたを、わたしは愛している……。

答えはでない。

 

さきほども書いたけれど、これは24時間テレビに限ったはなしではないのだ。たとえばバラエティ番組で、ゲストとして登壇したいわゆる「オネエタレント」にスキンシップを図られて、推しが心底不愉快そうな顔をするとか。「ニッポンすごい」系のコンテンツで推しが「ニッポン」上げをしているとか。ホモフォビア全開のコンテンツに推しが出演しているとか。推し同士が、ある属性や立場のひとびとへの偏見に満ちた差別的な会話を交わしているとか。

そういう仕事を推しにあてがう事務所だったり、テレビ業界そのものだったりが憎いこともあるけれど、場合によっては、推し自身に失望してしまうこともある。

どうしてそんなおもいをしてまでアイドルを推しているんだろうって、じぶんでも考えて込んでしまったりする。推しの仕事を推せないわたしは、ファンとして失格なんじゃないか。まじりけのない「好き」という感情を推したちに向けることのできないわたしに、ファンでいる資格はないんじゃないか。

また、こんな風におもうこともある。修士号までとって、専攻ではないとはいえジェンダーセクシュアリティを学んできたわたしが、じぶんの信条と相容れない(ことの多い)対象を好きでいていいのか、と。アイドルおたくとしてのじぶんが、文学やセクシュアリティを学ぶ者としてのじぶんを裏切っているんじゃないか、と。

 

それでもアイドルが好きなわたしは、矛盾に満ちている。何度もやめようとおもった。実際にまったくアイドルを追わなかった時期もあった。でも、好きでいることはやめられなかった。だからといって、好きだからしょうがないと居直ることもできなかった。

推しのすべてを愛しているけれど、推しのすべての仕事を推せるわけじゃない。そういうわたしは勤勉なファンではないし、望まれているファンでもないだろう。ファンコミュニティにも、ずっとじぶんの居場所はないとおもってきたし、たぶんこれからもそれは変わらないとおもう。きっと、百人ファンがいれば百通りの推し方がある。わたしにはこういう推し方しかできないのだ。

推しが間違った方向に進もうとしていたら、刺し違えてでも止める(もちろんそんなことにはなってほしくないし、ならないことを信じてもいるけれど)。それくらいの覚悟と気概をもって推しを推していきたいし、それが、日々推しに生かしてもらっている、わたしにできることだとおもう。だからこそ、わたしは学び続けていきたい。学び続けていかなければいけない。

 

それでもね。矛盾に満ちたおたくであるところのわたしは、やっぱり切におもう。推しには夢を叶えてほしい。ぜったい「トップ」をとってほしい。けれども「国民的」アイドルにはなってほしくない。「ニッポン」なんて背負ってほしくない。推しにはいつまでもケンティーラバーズである「わたしたち」のアイドルでいてほしい。

だから24時間テレビなんかよりずっと、今年もあなたのサマパラがみたかったよ。

えらぶ覚悟、えらばない覚悟

なにかひとつを選ぶということは、それ以外のすべてを選ばないということだ。


松浦理英子という小説家をあつかった修士論文のある章を、わたしはこんな風に書き始めたのだった。どんなになにげない選択であったとしても、選ばれたものの背後には、無数の選ばれなかったものたちがある。

たとえば、書くことはそういった選択の連続だし(無数のことばのなかから、たったひとつのことばをえらびつづけなければならない)、恋愛は、ひょっとしたらその最たるものだとおもわれるかもしれない(他のすべてのにんげんから、たったひとりの恋する相手を選びとる、選びとらされてしまう)。

もちろん、恋の相手がつねにひとりであるとは限らないし、恋愛は生きるうえで不可欠なものでもない。けれども、恋愛からどんなに遠く離れようとも、選択からは逃げられないんだなあ……というのが、このごろおもうところであって。

 

最初の記事で書いたように、わたしは今年のゴールデンウィーク中島健人さんに、Sexy Zoneにささげた。大学院を修了し、二年ぶりに再就職した年の、初めての連休だった。有給休暇も付与されていなければ、試用期間中で給料も低かった(試用期間が明けても大して上がりはしないけれど)。

コンサートにいかなければ、ともだちとごはんにいけたかもしれないし、家でのんびりひとにすすめられたアニメをみることができたかもしれないし、地元で安く飲むこともできたかもしれない。疲れがとれず連休明けにつらいおもいをすることもなかっただろうし、別の推しの現場に入ることもできただろう。それでもわたしは、それらすべてを切り捨ててでも、Sexy Zoneを、中島健人を選んだ。

中島健人さんは、横浜アリーナで全力のパフォーマンスをみせてくれた。さいこうにセクシーで、さいこうにスウィートで、すでに「きっとこれ以上すきになることはできない」というぐらい敬愛していたはずなのに、気が付いたら「どうしてわたしは中島健人じゃないんだろう」「じぶんが中島健人ではないことがしんどい」とおもいつめるほど愛情が、というより執念が深くなっていた。

わたしの生きる理由も、生きる望みも、生きるたのしみも、すべてが中島健人になった。中島健人に恥じないわたしでいたい。どんなときもセクシーでありたい。

そんな調子だから、当然わたしはじぶんの選択を悔やんではいない。時間も、お金も、体力も、気力も、なくなった。けれども中島健人を選んだわたしはまちがっていなかった、とおもった。

でも、ときどきうんざりしてしまう。ほんとうはすべてを選びたいとおもっている強欲で傲慢なじぶんが、嫌になることがある。

 

たとえば推し。わたしは中島健人のほかにも、いくつかの界隈に推しがいる。中島健人さんと同じ事務所に所属するアイドルにも何人かいるし、若手俳優にも、声優にも、はたまた漫画、アニメ作品、洋画、海外俳優にもいる。

すべての推しにそれぞれすきなところがあり、尊敬するところがあるけれど、全員を同じように愛することはできない。感情的にもそうだし、時間的にも、金銭的にも、体力的にもそうだ。実在する生身のにんげんであるか、そうであるかにかかわらず、すべての推しは唯一無二の、かけがえない存在なのに、わたしはその推したちのあいだに順位をつけてしまっている。歴然と。

そのなかでも中島健人さんは、わたしにとって、もはや「推し」とも言い難いなにか特別な位置を占めているひとなので、そういったもろもろを飛びこえてなににおいてもまず優先される存在、ということになっている。つまり、無条件にわたしは中島健人さんを選んでいる。そのほかのありとあらゆる推しを選ばないことを代償として、中島健人さんひとりを、選んでいる。

そのことが誇らしくもあるし、また、苦しくもある。ほんとうは、推しのすべてと、すべての推しと、全力で関係していきたいから。

 

このことはともだちにも当てはまる。じぶんで言うのもなんだけれど、わたしは、ともだちをめちゃめちゃ選んでいる。

 

「そんなに潔癖に取捨選択しないで、もっと余裕を残しておけばいいのに。」

「選ばないでいる余裕がないのよ。」

「その調子で選び続けて行ったら、最後には何もなくなっちゃうんじゃない?」

(『親指Pの修業時代 上』松浦理英子、1995年、河出書房新社、142頁)

 

ことあるごとに、わたしは上に引いた会話をおもいだす。以前ある同人誌に「別れても友達でいようね」という創作を寄せたことがある。

無粋ではあるけれどざっくり筋を紹介してしまうと、主人公の男性が、親しい同性の友人に「別れよう」と切り出される。友人との別れをきっかけに、「恋人は別れたら友達になれるけど、友達は別れたら何になるの?」と、主人公の男性はひたすら悶々とする。……とまあ、こんなはなしだ。どうしてこんな散文を書いたのかというと、わたし自身、実際にともだちと「別れる」ことがあるから。

別れの理由はさまざまある。たとえば、どちらかの感情が大きくなりすぎてしまい、バランスがとれず一緒にいることがしんどくなるとか。政治的・思想的な立場が相容れない(相容れないことがお互いにとって非常なストレスとなる)とか。恋人・配偶者ができて疎遠になるとか。お金の遣い方がぜんぜん違うとか。あるいはもっと単純に「同担拒否」だったとか(単純とは言ってしまったけれど、深刻なもんだいです。解釈違いの同担より、解釈に理解を示しあえる他担のほうが、一緒にいてこころやすらぐ場合もおおい)。

白か黒か、0か100かしかないわたしは、「これこれこういう理由で、あなたと別れたいとおもっている」と、相手に直接伝えたりもする。とてもじゃないが誠実とはいえない振る舞い方をしてしまう場合もある。先方は納得することもあるし、しないこともある。


大学院を修了して、再び週5日、フルタイムで働くようになって、改めて痛感した。じぶんの自由な時間を、お金を、体力を、感情を、他人にささげるのは、とてつもなくハードルの高い行いだ。かぎられたリソースを、このひとのためになら使ってもいい、とおもえること。そうおもえるような相手と、出会えること。出会えたこと。それはなんだかものすごい事態なんじゃないか。「ともだち」っていうのはこういう相手のことをいうんだと、いまさらながらに打ちのめされた。

だからますます、「取捨選択」はエスカレートしていく。

ほんとうは、すきなともだちみんなと美味しいごはんを食べたいし、すきなともだちみんなと旅行したいし、すきなともだちみんなとディズニーにいきたい。でも、そんなことはどだい無理だ。わたしはひとりしかいないし、自由にできるお金も、時間も、体力も、感情も、かぎられている。

だからわたしは、ともだちにも順位をつけてしまう。このひととはふたりで旅行できる。このひととはふたりでディズニーにいける。このひととはふたりで飲みにいける。このひととはふたりでランチにいける。このひととは政治のはなしができる。このひととは文学のはなしができる。このひととは趣味のはなしができる。このひととは……と、いうように。

そして最終的に、「このひととできることで残っているのは、別れることだけだ」というと相手と、別れることになる。潔癖で、傲慢で、身勝手で、さいあくだなあ~と、われながらおもう。「別れた相手」のことを、別れたあとも未練がましくすきだったりするから。

 

誰かを、なにかを選ばないという覚悟もないくせして、誰かを、なにかを無責任に選んでしまうのが、わたしなのだとおもう。この「選ぶ」という行為はとても難しくて、どこまでが自分の意志なのか、判然としないところがある。

特に中島健人さんは、わたしが主体的に「選んだ」というよりも、「選ばされてしまった」といった方が近い存在。推すことを、愛することを命じられたような感覚があるのだ。もちろん、だとしてもその命令に従うことを決めたのはわたしの意志だけれど(ともだちについても、同じことが言える。まるでなにかにひきつけられ、呼び寄せられたように、関係をしてしまう相手というのはいる)。

ここまでだらだらと書いてきて、ぜんぶ、当たり前のことだよなあという気持ちもある。同時にふたつ以上の音を発することができないように、同時にふたつ以上のことばを書きつけることができないように、選択はつねに別れをはらむものだ。選ばれなかったものたちとの別れ。なにかを選ぶということはそれ以外のすべてを選ばないことだし、逆に言えば、すべてを選ぼうとすることは、なにひとつ選ばないことに他ならないのだろう。選択はしんどい。

 

けれども、と考えてみる。中島健人さんのことを。わたしがしんどいおもいをして選びとった中島健人さんというきらめきは、けっしてわたしを選ぶことがない。中島健人さんは、ひとりひとりのファン全員を選ぶかわりに、そのなかの誰かひとりを特別に選んだりしない。それはわたしのようなファンにとっておおきな救いだ。中島健人になりたいとおもうのも、ひょっとすると、「すべてを選びたい(=なにひとつ選びたくない)」という欲望のあらわれなのかも、と感じたりもする。

真摯に、そしてセクシーに、すきなひとたちと関係していきたいなあ。

憂鬱でいいじゃん

以前サンリオピューロランドへ遊びに行ったとき、あるショーでキティさんがこんなようなことを言っていた。

「誰にだって憂鬱になるときはあるもの!」

いちおう文脈を説明しておくと、みんな仲良く平和に暮らしていた(もとい、キティさんをピラミッドの頂点に据えた「カワイイ」による統治が行き渡り安定した秩序が保たれていた)サンリオピューロランドの世界に、なにやらあやしげな魔女たちがやってきたんである。

ダニエルくんという、正直なんでいるのかよくわからない男の子のキャラクターが「やっつけてしまえ!」と武力行使を訴えるのに対し、キティさんは「そんなことダメ!」とダニエルくんを制止する。

「誰にだって落ち込んでしまうことはある。私にだってあるもの。だから話せば、きっとわかる!」

記憶があいまいで細部まで鮮明に思い出すことはできないけれど、キティさんがおおむねそのような趣旨の発言をしていたことは確かだ。その台詞には、かなりの衝撃を受けたから。

キティさんのような世界的なキャラクターが、いわばひとのこころのダークサイドとでも言うべき(キティさんたちが「ひと」であるかどうかいうのはさておき)ネガティブな感情をおおっぴらに肯定するなんて。しかもキティさんは、「私にだってあるもの」という風に、自分自身のこころにも暗い感情が芽生えることがあると告白しているのだ。それはとても勇敢な振る舞いだとわたしはおもう。理解しあえない相手、理解しあえそうにない相手と対峙したとき、じぶんから相手に歩み寄っていくことはほんとうにむずかしい。得体の知れないものはこわいし、おそろしい。だからつい暴力に頼ってしまいそうになる。ダニエルくんのように。

キティさんが対話によってあやしげな魔女たちとこころを通わせていくさまを、呆然と見つめていたダニエルくん(たぶん)。わたしはそんなダニエルくんに、どこか自分を重ねていた。

そう。ダニエルくんがわたしなら、キティさんは中島健人だった。

 

6日に発売されたSexy Zoneの新曲「イノセントデイズ」をきいて、わたしはサンリオピューロランドでみたショーの一連を思い出したのだった。この曲はメンバーの佐藤勝利さんが出演しているドラマの挿入歌にもなっているし、5月のコンサートでも何度か聴いているので、発売前から耳に馴染んでいた。にもかかわらず。リリース日である6日、改めてフルバージョンのこの曲を聴き、わたしはぼろぼろと泣いてしまった。いい。なんてすばらしいんだイノセントデイズ。そしてなんてやさしいんだセクシーゾーン。

終わりの見えない仕事を家に持ち帰り、行き詰っていた創作小説のファイルをむしゃくしゃして消し、「ええっ!?なめこさん結婚願望ゼロなの!?なんで~!?」と半笑いで雑にいじってきた同僚を呪いつつ、夕飯のつもりで買ってきたブタメンをすすっていたわたしは、やるせない現実のすべてを、みにくい感情のすべてをセクシーゾーンに許された気が勝手にしてきて、涙が止まらなくなった(そして、あ~とかう~とか言いながら、伸びてぶよぶよになったブタメンを喉に流し込んだ)。

いったい、なにがそんなに泣かせるのか。

 

なにがだなんて、それはもうすべてとしか言いようがない。どんなにことばを尽くしたところで、セクシーゾーンは、というか中島健人は、常にことばを越えたかがやきをはなち続けているのだから。なんて言いつつ、それでも語ることをやめられないからこんなブログを始めてしまったわけだけれど。

ここがいい、あそこがいい、と、Music Clipも含めていくらでも賛辞を捧げられそうな作品なのだけれど、「イノセントデイズ」でわたしがもっとも感動したのは、以下のフレーズである。

「白い絵の具に紛れた黒が 少しずつ育ってくけど それでいいさと 憂鬱も愛していこう 僕なりの現実(いま)を」

「憂鬱も愛していこう」だよ。セクシーゾーンが、「憂鬱も愛していこう」って歌ってくれてるんだよ。あのセクシーゾーンが。棘だらけの薔薇を背負って、痛いぐらいにまぶしいひかりのなかをもがきながらまっすぐに進んできた、あのセクシーゾーンが。しかもこのパートを歌っているのは、他ならぬ中島健人さんだ。

わたしにとって中島健人さんというひとは、生きる目標であり、目的でもある。中島健人のようになりたいし、中島健人に恥じない人間でありたいと、ずっとおもってきた。その中島健人さんに「憂鬱も愛していこう」と歌いかけられて、わたしはただただ動揺してしまった。

なにかと落ち込みがちで陰気な性格をしているくせに、わたしはそういう自分をいまだに許せていない節がある。できない自分が恥ずかしい、がんばれない自分がだいきらい。「誰かの役に立たない人間は生きている価値がない」「何事もがんばっていない人間は面白みもクソもない」というような意見には全力で歯向かうくせして、がんばっていない自分、がんばれない自分を認めることができない。

わたしはわたしの「憂鬱」を愛せていなかった、と思い知らされたのだ。中島健人さんに。誰よりも負けず嫌いで、誰よりも努力をし、誰よりもストイックな、中島健人さんに。

「イノセントデイズ」のひとつ前のシングル、「ぎゅっと」でも、中島健人さんはこんな風にわたし(たち)に歌いかけていた。

それでも夜は明けるけれど 君にとっては ツラいんだろうな」

明けない夜はないんだから前向いてこうぜ、という元気の押し売りではない。夜が明けるとしても、いま君がつらいならそのつらさがすべてだよね、という現状の肯定なんである。

確か太宰治「女生徒」でも、語り手が同じようなことを言っていた。いつかはつらくなくなる、時間が解決してくれる、と、ひとは言うけれど、わたしは今つらいんだと。今まさにこの瞬間がつらいと訴えているのに、いつかはつらくなくなるだなんて適当な誤魔化しを言って、わたしのつらさをないものにしないでくれと。

アイドルの曲をきくこと、アイドルにふれることは、つらい現実に対する抜本的な解決にはならないかもしれない。セクシーゾーンがどれだけすばらしいパフォーマンスをしてくれたとしても、むかつく上司が消えるわけでもないし、就職先が決まるわけでもないし、レポートが終わるわけでもないし、友達と仲直りできるわけでもない。けれども、愛してやまないアイドルが、どうにも抱えきれないわたし(たち)の憂鬱に寄り添ってくれるというのは、なんてこころづよいことだろう。

決して、わたし(たち)の憂鬱をなかったことにしない。つらい現実を見過ごさない。わたし(たち)が自分自身の憂鬱を、憂鬱になってしまう自分自身を愛することができなければ、かわりに彼らの方から愛してくれる。

それがセクシーゾーンというグループであり、中島健人というアイドルなのだ。

 

わたしはずっと、自分が「ジャニヲタ」であることを認められずに生きてきた。かつ、「ジャニヲタ」であるひとたちとも深いつながりを持つことができずにいた。なぜなら、わたしは男性アイドルのファンとして想定されることのない存在であり、「ジャニヲタ」のメインストリームに交わることをはなから諦めているからだ。

男性アイドルのファンとしてファンとして想定されることのない存在とは、どういうことか。つまりそれは、わたしがヘテロセクシュアルの女性ではないということ。必ずしも「異性」として推しが好きなわけではないということ。

とはいえ、アイドルに対して「ガチ恋」「リア恋」と呼ばれるような感情を抱くファンを否定しているわけじゃない。むしろわたしはそういった痛切な感情のすべてがとうといとおもっているし、中島健人が女性だったら、今抱いているような敬愛の念よりむしろ深刻なガチ恋をしていただろうという気がしている(どうしようもない妄想だけれど)。

ただ、きっと多くのひとにとっては些細におもえるような出来事でも、自分にとってはそうではない、ということがある。たとえば、アイドル雑誌のインタビューなどではお決まりとなった「好きな女の子のタイプは?」という質問。どうして男性アイドルがみんな異性愛者だと決めつけるのか? そもそも、男性アイドルがみんな恋愛をしたがっているとも限らないじゃないか? と、わたしはこの手の質問にいまだに傷ついてしまう(もはや定型化された問いではあるので、これになんと答えるか回答を工夫することで、それぞれのキャラクターを打ち出す一種のパフォーマンスとして活用している、という面もあるかもしれないけれど)。

わたしはこの歳になってようやく、かわいいお洋服も着られるようになったけれど、それは異性に「かわいいおんなのこ」だとおもわれたいからじゃなくて、自分に自分の好きなお洋服を着させてあげたいから。だからわたしの思う「かわいい」は、きっと「一般的な男性」にとって「かわいい」ものではないのかもしれない(だから何だよとわたし自身は思っているけれど)。

そんなわけだから、わたしはずっと「ジャニーズを好きな自分」と「異性愛者ではない自分」の折り合いを、うまいことつけられずにいた。どうしておとこがきらいなのにジャニーズが好きなんだ、と。わたしのようなものがジャニーズを好きでいていいのか、と。ジャニーズというメジャーな文化を、メジャーな方法で愛することのできない屈託を、自分なりにずっと抱えてきた。「二宮和也はわたしだ~!」とおもっていた思春期のときも(二宮和也のことがすきすぎて何故か二宮和也はわたしだとおもっていた。でも同時代におなじようなことおもってた陰気なおたく他にもたくさんいるとおもう)。「北山宏光の部下になりてえ~!」と切に望んでいた大学生時代も(北山宏光と一緒に仕事したすぎて半ば本気でジャニーズ事務所に入ろうとしていた)。

 

けれども、中島健人をすきになって数年が経ったいま、わたしは彼に自分が救われつつあることを感じる。

セクシーゾーンのファンは、ある時期まで「セクシーガールズ」(通称セクガル)と呼ばれていた。セクシーゾーンを推し始めた当時すでに成人していたわたしは(ちなみに中島健人は初めてできた自分より年少の推しだった)、「いやあ、さすがにガールズはきついな…」と界隈を遠巻きに眺めていた。自分自身を「ガールズ」だと思えなかったこともあるし、その呼称では、当然いるであろう男性ファンの存在が抜け落ちてしまうのもさみしかった。彼らが若くしてデビューしたことと、ファンの年齢層のボリュームゾーンを考えれば、仕方がなかったかもしれないけれど。

でも、中島健人さんはあるとききっと気付いたのだろう。「セクシーガールズ」という呼称が排除してしまっていた、ファンの存在に。

彼はある時期から、ファンのことを「セクシーラバーズ」と呼び始めた。性別も年齢も問わないその呼称を初めて現場で直接耳にしたのは、先日の横浜アリーナで、だった。腰がくだけそうになった。それはまるで中島健人に、「ここにいていいよ」と言われているようだった。中島健人が、わたしがここにいることを肯定してくれた。真のセクシーとはこれだとおもった。中島健人さんの掲げるセクシーは、対異性に限定されたセックスアピールとは全く異なる次元のものなのだ。

 

推しに恥じない自分でいたい、とおもうあまりに、がんばりきれない自分を認められない。がんばりきれない自分のことも、がんばりきれない自分を責めまくってしまう自分のことも、好きになれない自分がきらい。おとこを好きになれない自分がきらい。どうにかしておとこを好きになろうともがいていた自分がきらい。それでいて同性だけを好きになると確信することもできない自分がきらい。矛盾だらけの自分がきらい。

こんな散文を書き殴ってしまうような最悪のコンディションだとしても、「それでも夜は明けるけれど」、やっぱりわたしにとっては「ツラい」。ただ、「憂鬱」を抱えているわたしの「現実」を、「愛していこう」と中島健人さんは歌う。

それいいか、とわたしはおもうのだった。「憂鬱」なりに、セクシーに生きていこうと。

「きみ」って呼ばれてた

今年のゴールデンウィークは、3日から6日まで、毎日横浜アリーナに通っていた。わたしの愛してやまない中島健人さん属するSexy Zoneのコンサートが催されていたからだ。

4日で計5公演に入ったのだけれど、そのうち3公演は最上階のスタンド席だった。ステージからは距離があるものの(それでもドーム公演に入り慣れている身からすれば近い)、コンサートの終盤では、各メンバーがトロッコに乗り込んでスタンド通路をぐるりと一周してくれるごほうびがある。

スタンドに入った3回いずれも、トロッコに乗った各メンバーと目が合う高さの席につくことができたので、「ああ、いま確かに、中島健人の視界に入った、中島健人の視線がわたしをとらえた」とおもう瞬間があった。勘違いかもしれない。勘違いだろう。いっそ勘違いでもいいのだ。3回分を足したところでおそらく数秒にも満たない時間だったけれど、わたしが塗りかえられてしまうにはじゅうぶんな時間だった。

このSexy Zone XYZ=repainting tour 2018を通して、というか本公演における中島健人さんのパフォーマンスを通して、じぶんの身に訪れたさまざまな変化のことは、これからすこしずつ書いていくことになるとおもうのだけれど、今日はひとつだけ。

4日の夜公演を終えたあとの帰り道、スタトロ(スタンド席をめぐるトロッコ)上からとろけそうに甘いほほえみを向けてくれた健人くんのことで胸がいっぱいになりつつも、わたしはかつてじぶんが猛烈に懸想していた、あるおんなともだちのことをおもいだしていた。

そのおんなのことは、趣味のコミュニティで知り合った。当時わたしは中島健人さん以外の別の推し(仮にAと呼ぼう)にもエネルギーをかたむけていて、彼女とはその推しを推している、という共通点があった。

これはどの現場でもそうなのだけれど、公演中、ついついステージよりも隣の観客のようすが気になってしまうことがある。友人・知人と連番しているのなら尚更そうだ。いままさに舞台上で全身全霊をかけたパフォーマンスをしている推しのことを、一心不乱にみつめているおたくたちの表情を、わたしはうつくしいとおもう。もちろんまじまじと凝視するようなことはしないけれど、もし、彼女とAの現場で連番していたら、わたしはAよりも彼女の一挙手一投足に注目してしまっていたかもしれない。

もういまとなってはなにがなんだかわからないけど、とにかく、めちゃめちゃすきだったのだ。

それまで誰にも話したことがなかったAに対するおもいを、おどろくほど深く理解してくれた。世間には誤解されがちなAの言動を「××はほんとうはこういう風に言いたかったんだよね」というように、いっしょになって考えてくれた。そして何よりAをすきな理由が同じだった。出会って間もないころ、彼女はこんな風に言っていた。

「異性として好きとか付き合いたいとかっていうよりかは、人として尊敬してる。仕事への向き合い方は誰よりもかっこいいとおもうし、わたしもそんな風になりたいなって思ってるよ。」

そう。そうなのだ。タイムマシンがあったら会いに行きたい偉人は誰ですか? と聞かれて「田中角栄」と答えようが(わたし、尊敬する偉人をきかれて「坂本龍馬」とか「田中角栄」と答える人は信用しないことにしている)、Aはかっこよかった。じぶんの生業が「アイドル業」であることに誇りをもって仕事をしているすがた、メンバーの人生を背負っているという責任をもって働いているすがたはわたしの人生に指針を与えてくれた(いまでももちろん、Aのことは敬愛している)。

けれども、わたしはだんだんわからなくなっていった。わたしがすきなのはAなのか。それとも、わたしのすきなAをすきだと言ってくれる彼女なのか。

彼女は、どことなくAに似ているところがあった(と、当時のわたしは感じていた。そのように感じること自体が、Aというフィルターを通じて彼女を見ていた証拠かもしれないけれど)。ネガティブな要素をみずからの内側奥深くに隠して、決して人前では出さない。だから他人にはあっけらかんとした明るい性格をしているようにおもわれるし、人懐こいから可愛がられる。責任感が強くて、仕事に妥協しない。他人に執着することは少なく、人を好きになるハードルは高い。好きになったとしても、じぶんの本質的な部分を明け渡すようなことはしない。宴席などでもっとも気配りができるタイプではあるけれど、他人の感情の機微には決してさとい方ではない……と、いうような。

彼女の(そしてAの)美点はいくらでも書ける気がするし、それでいていくら書いても書ききれる気がしない。ほんとうに、信じられないくらいばかみたいにすきだった。

当時怠惰な大学院生だったわたしは、彼女の出勤時間にあわせて目覚ましをかけ、必死のおもいで早起きをした。どちらかといえば筆不精な彼女が必ず返信をくれるのが、通勤電車に乗っている時間だったからだ。「おはよう、いってらっしゃい」という挨拶はもちろん、推しのはなしや、他愛ない日常のはなし、彼女の負担にならず、「返事をしたい」とおもってもらえるような文面をつたないながらに考えた。「なめこちゃんにいってらっしゃいって言われると、今日も一日がんばろうっておもえる」と、彼女はぽろっとそんな気持ちをもらしてくれたこともあった。

いったいそれ以上の何を望むんだよ? と、おもわないこともない。しかしわたしはあさましいのだ。「推しのはなしをするともだち」以上の何かに、なりたかった。なりたくなってしまった。

わたしは彼女に「あなたというにんげんのすべてがすきだ」と率直に伝えた。「あなたに恋人ができたらいやだ、それが男の恋人でも、女の恋人でもいやだ」とわけもわからず言い募った。「わたしはあなたの人生に責任を持ちたい」と思い上がりも甚だしい放言さえあった。

彼女は冷静だった。

「で、どうしたらきみは満足なの?」と、まずはやり返される(彼女はわたしより二つほど歳が下だったけれど、出会ったときからわたしのことを「きみ」という二人称で呼んだ。わたしはそう呼ばれるたびあからさまにうろたえるほどときめいていた)。

「付き合いたいの?」と聞かれて、わたしは首をふる。恋人になりたいわけじゃない。

「じゃあ何?セックスがしたいの?」と聞かれたとき、わたしは否定できなかった。かといって、開き直って肯定することもできなかった。セックスをしたくないわけじゃない。いや、むしろできることならしたかった。けれども面と向かって「セックスがしたいの?」と問われると、なんと答えてよいのかわからなかった。「はい! あなたとセックスがしたいです! 一回でいいからやらせてください! そうしたらもうあなたのことはあきらめます!」と懇願することもできなかった(かつてすきだった別のおんなともだちにそう言って頭を下げたことはある)。

それからいろいろあって、彼女との関係はもつれにもつれた。感情的にもっともこじれてしまった時期が彼女の仕事の繁忙期にかさなったこともあり、結局は自然消滅のようなかたちになった。連絡をとろうとおもえばとれないこともないのかもしれないけれど、きっとわたしはブロックされているだろう。同じ推しを推す「盟友」のような間柄であった相手に、突然あつくるしい好意をぶつけられた上、それが「恋人になりたいのでもセックスをしたいのでもない(でもほんとうはしたいかもしれない)」というわけのわからない、けれども強度ばかりはあるというようなしろものだったのだ。さぞかしいやな思いをさせたことだろうとおもう。

連絡がとぎれとぎれになりつつあった時期、「わたしはやっぱり男がすきだよ」と彼女に言われたことがある。「あなたとセックスすることはたぶんできない」と。そこまで追い詰めてしまったのか、と申し訳なくなって平謝りすると、「きみの謝ることじゃないから」と笑った。

なめこちゃんと話してて毎日たのしかったし、なめこちゃんのためにがんばろうって本気で思ってたんだけどね。でも、きみと恋人になるとか、セックスをするとかっていうのは考えられないな」と、彼女はあっけらかんと伝えてくれた。「なめこちゃんも、きっとまた好きな男できるって。アイドルの男を好きになれるんだから」という、まるで呪いのような一言を添えて。

わたしが自分勝手に欲望をぶつけなければ、彼女といまでも良好な関係をつづけていられただろうか、とおもうことがある。その一方で、彼女に恋人ができたら、彼女とわたしの関係はどうなってしまっていたのだろう、とむごたらしい想像をすることもある。だから結局、こうなるほかなかったのかもしれない。それはわかっている。けれども割り切れないのだ。

彼女とこんな風になりたかった、あんな風になりたかった、と、具体的なイメージを思い浮かべることはできないけれど、わたしはある痛みを感じていたのだとおもう。それはとりもなおさず、彼女は異性愛者で、わたしはそうではない、という違いに起因するものだろう。「恋人」とか、そういう名前のある関係になりたかったわけじゃない。それなら相手が異性愛者であることに傷つく必要もなさそうなものだけれど、当時のわたしはもうひとりでは立ち上がれないとおもうほど、ショックを受けていた。身も世もなくかなしかった。

けれどもようやく、この経験としっかり向き合えそうな気がしてきた。敬愛する中島健人さんのおかげでね、というはなしを、何回かにわけて書くかもしれないし、書かないかもしれない。いずれにせよ今回はじぶんごとの整理しかできなかったので、中島健人さんがいかにして「恋」という概念を解体し再構築しているのか、ということとか、とにかくすばらしいにんげんなんである、ということなどをメインにすえ書いてゆきたい。