「きみ」って呼ばれてた

今年のゴールデンウィークは、3日から6日まで、毎日横浜アリーナに通っていた。わたしの愛してやまない中島健人さん属するSexy Zoneのコンサートが催されていたからだ。

4日で計5公演に入ったのだけれど、そのうち3公演は最上階のスタンド席だった。ステージからは距離があるものの(それでもドーム公演に入り慣れている身からすれば近い)、コンサートの終盤では、各メンバーがトロッコに乗り込んでスタンド通路をぐるりと一周してくれるごほうびがある。

スタンドに入った3回いずれも、トロッコに乗った各メンバーと目が合う高さの席につくことができたので、「ああ、いま確かに、中島健人の視界に入った、中島健人の視線がわたしをとらえた」とおもう瞬間があった。勘違いかもしれない。勘違いだろう。いっそ勘違いでもいいのだ。3回分を足したところでおそらく数秒にも満たない時間だったけれど、わたしが塗りかえられてしまうにはじゅうぶんな時間だった。

このSexy Zone XYZ=repainting tour 2018を通して、というか本公演における中島健人さんのパフォーマンスを通して、じぶんの身に訪れたさまざまな変化のことは、これからすこしずつ書いていくことになるとおもうのだけれど、今日はひとつだけ。

4日の夜公演を終えたあとの帰り道、スタトロ(スタンド席をめぐるトロッコ)上からとろけそうに甘いほほえみを向けてくれた健人くんのことで胸がいっぱいになりつつも、わたしはかつてじぶんが猛烈に懸想していた、あるおんなともだちのことをおもいだしていた。

そのおんなのことは、趣味のコミュニティで知り合った。当時わたしは中島健人さん以外の別の推し(仮にAと呼ぼう)にもエネルギーをかたむけていて、彼女とはその推しを推している、という共通点があった。

これはどの現場でもそうなのだけれど、公演中、ついついステージよりも隣の観客のようすが気になってしまうことがある。友人・知人と連番しているのなら尚更そうだ。いままさに舞台上で全身全霊をかけたパフォーマンスをしている推しのことを、一心不乱にみつめているおたくたちの表情を、わたしはうつくしいとおもう。もちろんまじまじと凝視するようなことはしないけれど、もし、彼女とAの現場で連番していたら、わたしはAよりも彼女の一挙手一投足に注目してしまっていたかもしれない。

もういまとなってはなにがなんだかわからないけど、とにかく、めちゃめちゃすきだったのだ。

それまで誰にも話したことがなかったAに対するおもいを、おどろくほど深く理解してくれた。世間には誤解されがちなAの言動を「××はほんとうはこういう風に言いたかったんだよね」というように、いっしょになって考えてくれた。そして何よりAをすきな理由が同じだった。出会って間もないころ、彼女はこんな風に言っていた。

「異性として好きとか付き合いたいとかっていうよりかは、人として尊敬してる。仕事への向き合い方は誰よりもかっこいいとおもうし、わたしもそんな風になりたいなって思ってるよ。」

そう。そうなのだ。タイムマシンがあったら会いに行きたい偉人は誰ですか? と聞かれて「田中角栄」と答えようが(わたし、尊敬する偉人をきかれて「坂本龍馬」とか「田中角栄」と答える人は信用しないことにしている)、Aはかっこよかった。じぶんの生業が「アイドル業」であることに誇りをもって仕事をしているすがた、メンバーの人生を背負っているという責任をもって働いているすがたはわたしの人生に指針を与えてくれた(いまでももちろん、Aのことは敬愛している)。

けれども、わたしはだんだんわからなくなっていった。わたしがすきなのはAなのか。それとも、わたしのすきなAをすきだと言ってくれる彼女なのか。

彼女は、どことなくAに似ているところがあった(と、当時のわたしは感じていた。そのように感じること自体が、Aというフィルターを通じて彼女を見ていた証拠かもしれないけれど)。ネガティブな要素をみずからの内側奥深くに隠して、決して人前では出さない。だから他人にはあっけらかんとした明るい性格をしているようにおもわれるし、人懐こいから可愛がられる。責任感が強くて、仕事に妥協しない。他人に執着することは少なく、人を好きになるハードルは高い。好きになったとしても、じぶんの本質的な部分を明け渡すようなことはしない。宴席などでもっとも気配りができるタイプではあるけれど、他人の感情の機微には決してさとい方ではない……と、いうような。

彼女の(そしてAの)美点はいくらでも書ける気がするし、それでいていくら書いても書ききれる気がしない。ほんとうに、信じられないくらいばかみたいにすきだった。

当時怠惰な大学院生だったわたしは、彼女の出勤時間にあわせて目覚ましをかけ、必死のおもいで早起きをした。どちらかといえば筆不精な彼女が必ず返信をくれるのが、通勤電車に乗っている時間だったからだ。「おはよう、いってらっしゃい」という挨拶はもちろん、推しのはなしや、他愛ない日常のはなし、彼女の負担にならず、「返事をしたい」とおもってもらえるような文面をつたないながらに考えた。「なめこちゃんにいってらっしゃいって言われると、今日も一日がんばろうっておもえる」と、彼女はぽろっとそんな気持ちをもらしてくれたこともあった。

いったいそれ以上の何を望むんだよ? と、おもわないこともない。しかしわたしはあさましいのだ。「推しのはなしをするともだち」以上の何かに、なりたかった。なりたくなってしまった。

わたしは彼女に「あなたというにんげんのすべてがすきだ」と率直に伝えた。「あなたに恋人ができたらいやだ、それが男の恋人でも、女の恋人でもいやだ」とわけもわからず言い募った。「わたしはあなたの人生に責任を持ちたい」と思い上がりも甚だしい放言さえあった。

彼女は冷静だった。

「で、どうしたらきみは満足なの?」と、まずはやり返される(彼女はわたしより二つほど歳が下だったけれど、出会ったときからわたしのことを「きみ」という二人称で呼んだ。わたしはそう呼ばれるたびあからさまにうろたえるほどときめいていた)。

「付き合いたいの?」と聞かれて、わたしは首をふる。恋人になりたいわけじゃない。

「じゃあ何?セックスがしたいの?」と聞かれたとき、わたしは否定できなかった。かといって、開き直って肯定することもできなかった。セックスをしたくないわけじゃない。いや、むしろできることならしたかった。けれども面と向かって「セックスがしたいの?」と問われると、なんと答えてよいのかわからなかった。「はい! あなたとセックスがしたいです! 一回でいいからやらせてください! そうしたらもうあなたのことはあきらめます!」と懇願することもできなかった(かつてすきだった別のおんなともだちにそう言って頭を下げたことはある)。

それからいろいろあって、彼女との関係はもつれにもつれた。感情的にもっともこじれてしまった時期が彼女の仕事の繁忙期にかさなったこともあり、結局は自然消滅のようなかたちになった。連絡をとろうとおもえばとれないこともないのかもしれないけれど、きっとわたしはブロックされているだろう。同じ推しを推す「盟友」のような間柄であった相手に、突然あつくるしい好意をぶつけられた上、それが「恋人になりたいのでもセックスをしたいのでもない(でもほんとうはしたいかもしれない)」というわけのわからない、けれども強度ばかりはあるというようなしろものだったのだ。さぞかしいやな思いをさせたことだろうとおもう。

連絡がとぎれとぎれになりつつあった時期、「わたしはやっぱり男がすきだよ」と彼女に言われたことがある。「あなたとセックスすることはたぶんできない」と。そこまで追い詰めてしまったのか、と申し訳なくなって平謝りすると、「きみの謝ることじゃないから」と笑った。

なめこちゃんと話してて毎日たのしかったし、なめこちゃんのためにがんばろうって本気で思ってたんだけどね。でも、きみと恋人になるとか、セックスをするとかっていうのは考えられないな」と、彼女はあっけらかんと伝えてくれた。「なめこちゃんも、きっとまた好きな男できるって。アイドルの男を好きになれるんだから」という、まるで呪いのような一言を添えて。

わたしが自分勝手に欲望をぶつけなければ、彼女といまでも良好な関係をつづけていられただろうか、とおもうことがある。その一方で、彼女に恋人ができたら、彼女とわたしの関係はどうなってしまっていたのだろう、とむごたらしい想像をすることもある。だから結局、こうなるほかなかったのかもしれない。それはわかっている。けれども割り切れないのだ。

彼女とこんな風になりたかった、あんな風になりたかった、と、具体的なイメージを思い浮かべることはできないけれど、わたしはある痛みを感じていたのだとおもう。それはとりもなおさず、彼女は異性愛者で、わたしはそうではない、という違いに起因するものだろう。「恋人」とか、そういう名前のある関係になりたかったわけじゃない。それなら相手が異性愛者であることに傷つく必要もなさそうなものだけれど、当時のわたしはもうひとりでは立ち上がれないとおもうほど、ショックを受けていた。身も世もなくかなしかった。

けれどもようやく、この経験としっかり向き合えそうな気がしてきた。敬愛する中島健人さんのおかげでね、というはなしを、何回かにわけて書くかもしれないし、書かないかもしれない。いずれにせよ今回はじぶんごとの整理しかできなかったので、中島健人さんがいかにして「恋」という概念を解体し再構築しているのか、ということとか、とにかくすばらしいにんげんなんである、ということなどをメインにすえ書いてゆきたい。