生まれ変わったらジャニーズJr.になる

にんげんが抱きうるもっとも強い情動は恋愛に関するものだ、という風潮がなんとなく世間にはある。けれど、少なくともわたしの場合は、じぶんに恋愛感情を抱いているにんげんから言葉を尽くしてその好意を伝えられるより、先輩グループのバックについて全力を出しきった公演が終わって間もなく、上気した顔のシンメに「いつかおまえとテッペンを取りたい」と告げられる方が、はるかにうれしいし、興奮する。息を整える間も惜しい。肩を上下させながら、「おれも同じことおもってた」と、上ずった声でシンメに答える。……もちろん、現世ではまだそんな場面を体験したことはないので、単なる妄想に過ぎないんだけれど。

そう。わたしには恋愛がよくわからない。わからないというよりは、恋愛感情なんかよりもっとずっと、アイドル同士の感情を信じている節がある。

 

そもそも、まずはじめにわたしは二宮和也になりたかった。「なりたかった」と過去形で語るのは適切ではないかもしれない。今でもなれるものならなりたいとおもっている。とはいえ、もっとも彼に執心していたのは中学生から高校生だったころのある時期だった。

コンサートのソロコーナーでこの上なくエモーショナルに柴田淳「夢」を弾き語る彼のすがたを見て、周りの大人はみんな敵だと言わんばかりの警戒心むき出しな瞳でスタジオを睨みつける彼のすがたを見て、「二宮和也はわたしだ」とおもった。いや、むしろ「わたしが二宮和也だ」とおもった。

真偽のほどはもちろんわからないけれど、二宮和也というひとには、むかしから恋愛にまつわるうわさが耐えなかった。今よりももっと多感で、けれどある意味では単純だったわたしは、「でも、二宮和也がどんな恋愛の失敗をしたとしてもいいの、彼はずっと嵐を見捨てないし、嵐もずっと彼を見捨てないもの」なんて、おかしいくらいにおもいつめていた。特にジュニア時代から不思議となついていた大野智との関係や、幼馴染といってもいいであろう相葉雅紀との関係は、二宮和也=わたしにとって重要なものであると考え、「相葉さんは二宮和也=わたしにとって、まさに半身とも言うべき存在」「大野さんは二宮和也=わたしにとって、渡り鳥が羽根を休める止まり木のような存在」などとひたすらエモがっていたのだけれど、あるとき気づいてしまった。

わたし、二宮和也じゃない。

わたしが二宮和也ではないということは、二宮和也もわたしではなく、したがって、わたしが二宮和也として大野智相葉雅紀と関係することはできないということだ。

 

これは由々しき事態だった。なにしろ、当時のわたしにとってもっとも親密でもっとも理想的なにんげん関係というのが、「二宮和也と嵐のメンバー(特に前述の二人)の関係」だったからだ。恋人でも、親友でも、家族でもなく。

そして、わたしが二宮和也ではないということは、わたしにその「もっとも親密でもっとも理想的なにんげん関係」が閉ざされているということに他ならない。わたしは絶望した。なにしろ、当時懸想していた年上のおんなともだちとも「大野と二宮ごっこ」をしていたぐらい、親密なにんげん関係を考えるときの基盤が彼らだったのだ。 

 わたしは、得体の知れない「恋愛」なんてものよりずっと、愛してやまないアイドル同士の関係を、感情を、信じていた。どうしたってじぶんがそこに入ることはできないということに、気付いてしまってからもずっと。

 

「大野と二宮ごっこ」に付き合ってくれたおんなともだちとは、数年もだもだしたあげく別れた。別れ際に「いつかこれは気の迷いだったって分かるときが来るよ。さっさと良い男を捕まえなさい」と言われたのが癪で、けれども同時にしぬほどかなしくて、「これが気の迷いじゃなかったことを証明してやる」という気持ちと、「異性との交際を経験しなければ何も言い返せない」という気持ちでぐちゃぐちゃになり、結局わたしは幾人かの異性と交際した。たのしかったこともあるし、できればもうなかったことにしたい思い出もある。

数年を経ていまおもうのは、やっぱり、彼女とのできごとが「気の迷い」であるはずはなかったということ。そして、彼女のことをいまでも特別に感じるのは、彼女がわたしの根幹にある欲望を誰よりも理解してくれたから、だとおもう(ひょっとしたら、彼女も同じ欲望を抱いていたのかもしれない)。

それはつまり、アイドルになって、アイドルとして、同じアイドルと親密な関係を築きたいという欲望だ。

 

容姿をほめられるのはうれしい。書いた文章について感想をもらえるのもうれしい。好意を伝えられるのも虫唾がはしるほど嫌なわけじゃない。でもたぶん、わたしがいちばんうれしいのは、じぶんのパフォーマンスを褒められたときだ。あのコンサートのセトリがどうだったとか、あの演出がすごかったとか、新曲のダンスが良かったとか、ソロ曲の作詞がすてきだとか、シンメとの一糸乱れぬ動きがすばらしかったとか。それをファンに言ってもらえるのももちろん有り難いことだけれど、グループのメンバーや、シンメに言われたら。いや、ことばにして言われなくてもいい。忙しい合間をぬってソロコンサートの見学にきてくれるとか、じぶんの出番を袖からこっそり見守ってくれているとか、そんなことで充分なのだ。

ああ! アイドルになりたい! でもどんなアイドルでもいいわけじゃない。ジャニーズになりたい。ジャニーズのアイドルでなければ意味がない。ジャニーズJr.になって、生涯をともにするようなシンメと出会って、同じグループでデビューして二人で「テッペン」をとりたい。

 

何かを考えるうえで、かならずしも経験が必須となるわけではない、とおもう。「大野と二宮ごっこ」をしていた彼女に、「良い男を捕まえなよ」という捨て台詞を残された経緯もあって、わたしの場合は「うるせえ! そんなに言うなら男と付き合ってやるわ!」と自棄になってしまった部分もあるけれど、その経験はぜったいに必要だったかと言われると、よくわからない。

ただ、起きてしまったことはどうしようもないから、その経験を踏まえて振り返ってみると、わたしはやっぱり特別異性が「好き」なわけではないようだ。恋愛的な意味では。その一方、異性のジャニーズのアイドルに対しては「なりたい」と羨望するほど強い感情を抱いている。それは言うまでもなく、恋愛感情とは異なる種類のものだ。けれども、「ジャニーズになりたい」からといって、現世を生きるこのからだ、おんなのからだをどうにかしたいのかというと、そういうわけでもない。おんなとして生きている、生きざるを得ない現実がつらくなることもあるけれど、だからといって「男になりたい」とはおもわないのだ。

わたしはただ、ジャニーズのアイドルをしている推しと、「異性」として向き合わなければならないことがしんどい。アイドルとファンとして現世で巡り会えたことには感謝してもしきれないけれど、欲を言うのであれば、「異性」として出会いたくはなかった。わたしは推しと、同じ生業をもつ同性として出会いたかった。

 

「大野と二宮ごっこ」の相手をつとめてくれた彼女と別れてから、交際したり、ほぼ交際していたような間柄に近い距離だったりした相手は、何人かいた。異性ばかりでなく、同性もいたけれど、わたしの欲望に対して、彼女と同等の理解や共感を示してくれた相手はいなかった。にもかかわらず――というより、だからこそと言うべきか――わたしはずっとジャニーズになりたいとおもいつづけている。

交際相手とふたりでいるとき、どんなに親密さを感じることができたとしても、推しの、推したちの関係を目の当たりにすると、わたしはじぶんたちの関係がなんだかよくわからなくなってしまう。

ほんとうは恋愛したいなんておもっていないのに、恋愛のことなんて何ひとつわかっていないのに、わたしはこのひとを騙しているんじゃないか? そんなわたしたちの間柄なんて、推したちののっぴきならない関係に比べたら、取るに足らない暇つぶしでしかないんじゃないか? なにもかもぜんぶくだらない。

じぶんの欲望が手に負えないからといって、ずいぶん身勝手な振る舞いをしてきてしまった、とおもう。わたしは「恋愛」がしたかったんじゃない。「アイドル」になりたくて、「アイドル」をしたかったのだ。でも、どうしたって現世でジャニーズに入ることはできない。ジャニーズに入れないのはもちろんだけれど、ジャニーズの推したちにとっての「アイドル業」のように、心血を注いで成し遂げようするものがわたしにはない。創作? 仕事? なんだかどれも違う気がしてしまう。一生懸命になれるものがないなら、「シンメ」になんて出会えるわけないじゃん。ここまで考えて、いつもわたしはふてくされてしまう。

 

けれども、ひとつの転機があった。

転機――なんていうと大袈裟すぎるかもしれないけれど、それは今年のセクシーゾーンのコンサートでのできごとだった。

このブログでも何度か書いてはいるのだけれど、横浜アリーナで行われたある公演で、トロッコに乗った中島健人がわたしの目の前を通りすぎた。視線が合ったのだろうか。いや、合ってはいないだろう。合っていないとおもう。でも、そうおもわされるには充分な距離と間合いで(たまたま両隣や前後に中島健人のうちわを持っているひとがいなかった)、ダイヤモンドのように飛び散る彼の汗を、わたしは肉眼で目撃してしまった。

かんぺきだ、あまりにかんぺきなひとだ、とおもった。

じぶんのつまらない屈託などどうでもよくなった。圧倒的なうつくしさだった。目に入るもの、耳に届くもの、肌で感じるもの、彼から発せられたすべてのものがわたしにとって「快」だった。得も言われぬ時間だった。わたしは悟った。彼を知ってからずっと、彼になりたいとおもっていた。中島健人になりたいとおもっていた。けれども、中島健人になりたいとおもうにんげんが、中島健人になることはできない。なぜなら、中島健人は、中島健人になろうとおもって、中島健人になったわけではないのだから。

現世で中島健人になることができないのなら、来世で中島健人と出会いたい。中島健人はきっと、来世もジャニーズのアイドルになってくれるだろう。であるならば、わたしも来世はジャニーズJr.に入所して中島健人と出会い、切磋琢磨してデビューを勝ち取りたい。同じグループになれたら無上の喜びだけれど、違うグループとしてデビューするのでも良い。関ジャニ大倉氏とキスマイ北山氏のように、中島健人さんとジャニーズWEST重岡さんのように、つかずはなれずの距離で刺激を与えあう事務所内の良き友人になれるのなら、それはそれで素晴らしいことじゃないか。

 

わたしはそのとき中島健人をごく間近から見つめて、ある意味では吹っ切れたのだろう。わたしには恋愛がよくわからない。じぶんの欲望さえ持て余している。けれども、現世ではまあそれでいいじゃないか。無理して「恋愛」をすることもない。かんぜんに同種の、同質の欲望を抱いているひとなんて探したっているはずもないけれど、笑って話せるひとがゼロなわけじゃないんだし。どんなにしんどくて、孤独におもえても、「適応」する必要はない。切羽詰まったら書けばいい。

そういえば、愉快なルームメイトは「50代目不二周助役のテニミュ俳優になる」といっている。また、「転生したらジャニーズJr.になりたい」といっているインターネット上の友人もいるし、「来世は推しのマイクになりたい」といっているひともいる。生まれ変わってジャニーズJr.になったら、テニミュ俳優のルームメイトといつか連ドラで共演し、現世の友人と事務所で再会し、マイクになった友人を探し当て、いつかコンサートツアーで一緒に全国をまわりたい(推しじゃなくてごめんなさい、と謝りつつ)。

そんなこんなで、24時間テレビが近づいてきたりとか、どう考えても推しが働きすぎだったりとか、いろいろしんどいこともあるけれど、わたしは生まれ変わったらジャニーズJr.になる。ちなみに、ジャニーズJr.になって踊りたい曲ランキングベスト3(2018年8月時点)は、「愛してる愛してない」「Mr.Jealousy」「夜の影」。いつでもジャニーズJr.になれるよう、心の準備だけは万端なのだった。もうちょっと現世もたのしむつもりだけれど。