しんどいオシゴト

ユニクロのブラタンクトップを着るようになってから、ほとんどブラジャーをつけることがなくなった。締めつけもないし、着るときも楽ちんだし、ほんとうに良いことだらけだ。強いて言うなら、一般的な女性用の下着みたいに上下セットになっているわけじゃないから、下にはくものを選ぶ手間がある。今日のパンツはどれにしようかなあ、なんて布団のなかで悶々としているうちに1時間も2時間も過ぎていたりする――と、いうのはさすがにおおげさだったかもしれない。

目が覚めてからなかなか起き上がれなかったのは、今日はく下着を決められなかったからだけじゃなく、仕事に行きたくなかったからだ。いや、それも的確じゃない。「仕事に行きたくない」というハッキリした輪郭すら持たない茫洋とした、しかし心身をたしかに貫通する絶望感。

わたしは適応障害と診断された。

修士課程を出て、いまの会社に就職したのが今年の4月。いろいろあって入社後数ヶ月で部署を異動することになったのだけれど、それからわたしの業務量は倍以上になった。でも、業務量が増えたことはさほどしんどくなかった。やりたい仕事をやりたいようにやらせてもらっていたし、部署のリーダーもわたしの仕事を過分に評価してくれている。修士課程に入るまえお役所で勤めていた経験があるだけに、給与や待遇面に若干の不満は感じたものの、仕事内容は面白いとおもっていた。


問題は、おなじ部署の先輩(いちおう役職者)だった。この先輩が厄介なひとで、とにかく無邪気なんである。無邪気に仕事を忘れ、無邪気に人を差別し、無邪気に誰かの手柄を奪う。

たとえば、その先輩が入社して数ヶ月しか経っていないわたしの目から見ても明らかに不備のあるデータを客に出そうとしていたことがあった。「●●の資料なんですけど、送るまえにもう一度ご確認いただいた方が…」とわたしが言いかけると、「だよね~! わたしもそう思ってた!」という調子で遮られる。「そう思ってた」なら新人に指摘されるまえに自主的にやってほしいものだけれど、こんなことが一日に何回も起きるのだ。かつ、結局そのデータの修正も先輩はひとりでこなすことができず、最終的にはわたしが手を入れて提出することになる。にもかかわらず、その先輩は上司に対するアピールだけは絶対に忘れなくて、「大変なデータ量だったけれど納期以前に完璧な状態で出せました」と、まるでじぶんひとりの手柄かのように報告するのだった。

また、その先輩は相手の性別によってあからさまに対応を変えるタイプの女性で、わたしのような生意気な同性の後輩にはぶっきらぼうに接する一方、異性の上司には必要以上に媚を売る。媚を売られた上司の方も、「確かにアイツは仕事ができるとは言えないけれど、可愛いところもあるんだよ」と満更でもなさそうな様子でわたしをたしなめにかかる。その二人が「エルジービーティー」について冗談めかして言い合いながら笑っている場面をみて、わたしは反吐が出そうだった。

職場のひと、友人、さまざまなひとにわたしは愚痴をこぼした。けれども、「仕事ができない上司や先輩なんかいくらでもいる」「差別的なにんげんが無邪気というのはありふれたはなし」と、そんな風に言われるたび、この身が切り刻まれるおもいだった。特にこたえたのは、部署の責任者から「きみは仕事ができすぎる、やりすぎる。他人の分まで働く必要はないし、そんなに頑張ったってじぶんがつらくなるだけだよ」と、言われたことだった。


同じ立場の同僚に処世術のアドバイスとして言われるならまだしも、部署を束ねる責任者にそれを告げられるのは、かなりキツいものがある。そのときのわたしには、「おまえのことは見殺しにする」という死刑宣告のように響いた。問題のある部下(しかも社歴の長い役職者)を野放しにするなんて、マネージメントの放棄もいいところじゃないか。働けば働くだけ損をする。そういう仕組みの組織なのだった。

いくら仕事の内容が面白いとはいえ、わたしは段々この会社で働いている意味がわからなくなっていった。例の先輩に話しかけたり、話しかけられたりするたびに動悸がするようになった。職場にいる日は午前中断続的な吐き気に襲われ、家にいるときも突然涙が出てきたり、楽しいことをしていても気分が上がらなくなったりし、文字通り身も心もぼろぼろだった。

「仕事はできないけれど可愛げがあるから」という理由で先輩を評価する上層部も、その「可愛げ」とやらを隠れ蓑に上層部には良い顔をし、わたしには仕事を押しつける先輩も、「仕事ができすぎて可愛げがない」と言われてしまうわたし自身のことも、ぜんぶがぜんぶイヤになってしまった。しんどい。先輩のようになりたいとも、こんな上層部に評価されたいともおもわないけれど、この会社を飛び出していくだけの体力も気力もないじぶんがとにかく情けなく、恥ずかしかった。


しかも、つらいのは「お仕事」ばかりではない。「推し事」もしんどかった。すでに何度かこのブログでも書いているけれど、わたしの生きる希望こと中島健人さんの所属するSexy Zoneさんが、今年の24時間テレビのメインパーソナリティーを務めていたのだった。
lvknty133.hatenablog.com

「障害」や「難病」をげびた感動コンテンツにしたてあげる番組だと、散々文句を言っていたにもかかわらず、わたしはあろうことかこの番組の観覧に参加してしまった。2ヶ月ぶりの中島健人さんの実在に胸打たれる一方で、引き裂かれるようなおもいも感じていた。思想信条に真っ向から反しているコンテンツを、推しが出ているからというだけの理由で、「鑑賞」してしまったじぶんを許せそうになかった。そして、ちょうどそれくらいの時期から、わたしはまた中島健人さんにふれるのがつらくなってきた。

「また」と書いたのは、これまでも何度か同じような発作に見舞われた経験があるからだ。好きであるがゆえに――この上なく愛しているがゆえに、その対象を避けてしまう。恐らくわたしには生来そういったところがあって、最新の情報を常に追いかけられるわけでもないし、おたくのコミュニティに居場所を見つけられたことはほとんどなかったから、普段からごくマイペースに「推し事」をしているのだけれど、発作が起きるとこの傾向がエスカレートする。

中島健人さんをお見かけすると、やっぱり動悸がする。わけもわからず涙が出そうになる。ご尊顔を見つめていても、数秒も持たずに画面や誌面をおもわず閉じてしまう。ご出演されたワイドショーも、ご紹介された新曲も、毎日更新してくださっているジャニーズウェブ内のブログ(通称KTT)も、どうにもふれられない。10月からはドラマが始まる。12月には主演映画もある。これからますますお仕事に励まれていくであろう中島健人さんのかがやかしいおすがたを、中島健人さんのきらめきを、いまのわたしでは受け止めきることができない。

中島健人さんが生きる希望なのに、中島健人さんが生きる目的なのに、その中島健人さんにふれることすらもしんどくなってしまう。じぶんの生活があまりにもひどいありさまで、これでは中島健人さんに顔向けできない、とおもうからなのか。それとも、中島健人さんという圧倒的な存在に打ちのめされて、じぶんの生活を立て直す意欲をそがれてしまうからなのか。あるいは、中島健人さんの放つ強すぎる光に飲み込まれて、とめどない自己嫌悪に陥ってしまうからなのか。

じぶんでもわからない。けれどもひとつ言えるのは、中島健人さんなしの人生など、わたしにはありえないということだ。


いまはピーク時に比べて幾分状況が好転している。職場の責任者には例の先輩といっしょに働くことがむずかしいことを率直に訴え、診断内容も伝えた。根本的な解決には至っていないものの、ある程度は配慮されるようになった。とはいえその一方で、この環境でこれ以上は望めないのだという諦念も得た。これからどこでどうやって働き、誰かと生きていくのか、あるいはひとりで生きていくのか、そういうことを考える余裕はまだない。一日一日をやり過ごすのに精一杯。好きなひととの約束は守れないくせして、好きでもないひととは軽薄にデートを重ねたりしてしまう。

わたしはじぶんのしんどさを言い訳に、他人に迷惑行為をしまくっているダメなにんげんなのだった。好きなものを大切にできないし、嫌いなものを拒めない。おまけにブログの記事にオチひとつつけられないのだった。中島健人さんの目にこんなわたしはどう映るだろう。たとえオシゴトのつらさに喘いでいたとしても、せめて中島健人さんに恥じないセクシーな生きざまを目指したい――と、買ったはいいもののなかなか開けない「装苑」11月号(中島健人さん掲載号)をまえにしておもうのだった。